2012年1月24日 (火)

検証.1

さて、演奏を終えた、翌22日。
ネーブルとみかんを切りながら、三件のお客さんに対応して、一日を終えた。そして、夜。珍しく時間があったので、MTR(多重録音機)を、テストして見た。

前回の不調について、落ち着いて考えると、色々な可能性が有る。先ず、録音前の設定ミスである。一つは、マイク感度の設定。もう一つは、入力した音を、どのトラックに入れるか、という設定。
それから、マイクの(録音用としての)不調。後は、本機そのものの不調である。

先に、内蔵マイクでやって見たが、全くというほど、感知しない。一体、こんなので、何を録音するというのか?次に、外部マイクを繋げるが、これも弱いながら、口元いっぱいにて、何とか拾っている。

メロディを歌ってトラック1へ。今度は、それを聞きながら、コーラスをトラック2へ。レベルも振れ、小さいながらも入っている。面白くなって来たので、メトロノーム機能を使い、それに合わせてみる。

結果、小さいが、録音されている。次回は、これを笛にしたらどうなるか?又、太鼓やリズム楽器にしたらどうか?こんなところか。

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2012年1月21日 (土)

遅れて来たフォルクローレ

実は、一月前から、決まっていた事ですが、明日(21日)の、

平成23年度三市四区ボランティア連絡会 新年交流会 にて

演奏します。

これは、別に、選ばれてという事ではない。たまたま、今回は、藤枝市が当番になっている、からに過ぎない。どのような進行スケジュールで、何人くらい集まるのか、さっぱりわからない。

わからない、というなら、藤枝市ボランティア連絡協議会の中では、私(フォルクローレ)は、未知数となっている。この辺は読者の皆様にも、説明しないと解らないと思う。

活動を休止して、三年半。この間に、世の中は動いている。岡部町から藤枝市になり、所属もそちらに移った。そして、グループ崩壊で、登録も個人名に代った。
昨年から、私も、そろそろ復活しますよ、という感じで、行事には顔を出し始めたところ。

岡部町時代には、活躍していたらしいが、フォルクローレとは、一体どんな音楽で、どんな演奏をするのか?

まあ、言って見れば、噂のフォルクローレ、或いは、遅れて来たフォルクローレ、の様相である。

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2012年1月15日 (日)

録音レベルが、

レコーダーにマイクをセットし、さあ録音となったのは、4日の夕食後、前日の事である。今、思えば、余裕が有り過ぎた感がする。

しかし、ずっと以前の感覚があったのだ。この、ずっとと言うのは、オープンリールテープデッキ、又はカセットデッキにも、マイクの入力端子があった時代の事である。ちょっとしたマイクを使えば、簡単に生録ができた。
そして、オープンリールの場合、テープのスピードを上げれば、音質は格段に良くなったものだ。昔は、ギターとコーラスを録音していたのだが、大体一回でうまくいった気がする。

ところが、どうだ、今回は。
録音レベルが上がらないのだ。昔のレベルメーターは、針が振れていて、解り易かった。生録に限らず、FM放送でも、レコードでも、これを見て録音レベルと言うのを、調整する。上がり過ぎると、音が歪んで録音されてしまう。

最近のレコーダーには、マイク感度の設定がある。大体が、何でこんなものがあるのだろう。とにかく、これを上げた上で、レベルを上げるのだが、全く感知しないのだ。

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2012年1月 9日 (月)

その前夜

さて、三年半ぶりの演奏日記です。

自らの手によるバックに合わせ、颯爽と演奏・・、する筈であった。ところが、とんでもない落とし穴が、待っていたのだ。
それを書く前に、先ず、その前夜から、書かねばならない。

臨戦態勢に入ったのは、暮れも押し迫った頃だった。各パートを練習していたのだが、どれをバックに、どれを生でやるか、決め兼ねていた。今思えば、これが間違いの第一歩だったのだ。

限られた時間しかない場合、効率が悪過ぎるし、また集中もしにくい。一曲だけで二、三とおりの練習をしなければならないのだから、当然の事である。
が、とにかくそこらを決定し、さて録音となったのは、演奏の一日前・四日だった。

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2011年12月19日 (月)

『新春復活三番勝負』

いよいよ、新年早々の復活です。
題して、『新春復活三番勝負』

第一番・1月5日 三輪医院デイサービス   (藤枝市岡部町)
第二番・1月6日 ニチイケアセンター・焼津  (焼津市)
第三番・1月7日 ほしのクリニック・デイケア (藤枝市岡部町)

復活とは云え、今後の音楽人生、いや人生そのものを左右する、三連戦。

~スタッフの皆様のご好意に感謝しつつ、この三年半の様々な思いを胸に、ステージに立ちます。

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2011年12月11日 (日)

閑話休題

読者の皆様、この二ヶ月間、大変失礼を致しました。これより、記事を再開して行きますので、どうぞよろしくお願い致します。

過去、『グルーポ カーニャ』 の演奏を聞いて下さった方々、そして、新たに、演奏を依頼して頂いた皆様。三年半の間、お待たせして参りました。 が、
来年2012年より、活動を再開致します。現在、準備も最終段階に入りました。

新年と共に、フォルクローレが行きます。
待っていて下さい。

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2011年10月 3日 (月)

原作 『砂の器』

このテレビ番組を見てから、半月も経ってしまった。記憶も、だんだんと薄れてくる。正直な所、一度見ただけで、感想を書くのは難しい。

以前、『だんだん』 の屈指の名場面を書いた時は、八回位は見ていたと思う。『劇団ほのお』 の時には、三回ほど見た。
しかし、もう録画という機能は無いので、一回だけのぶっつけ視聴である。

前回も書いたが、イメージとして、今回のドラマは、原作によく似ている、と思った。
では、原作は、何回読んだかといえば、これも一度だけである。もう、ずっと前のことだが、珍しいケースなので、よく覚えている。自分で選んで読んだのではなく、会社の先輩が、「良いから、読んでみたら。」 と言って、貸してくれたものだ。

ここらが、人生の綾だと思う。ここで出会わなければ、名作(映画版)には、巡り会えなかったかもしれない。現に、公開時には、見逃している。ベスト2の、『フラガール』 と同じく、二回目に観ているのも、何かの縁だ。

さて、原作の感想だが、暗いイメージで、複雑である。確か、後半まで、犯人は解らなかった。私は、別人だと思っていたような気がする。戸籍の偽造の段になって、初めて、明記されたと思う。

ポイントは、テレビ化で、劇団員が出て来ると、複雑になってしまう。映画の脚本は、この辺り、実にスッキリと纏めている。故に、『紙吹雪の女』 が、際立ってくる。

さあ、この辺で、善しとしたい。

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2011年9月23日 (金)

『砂の器』

先日の、台風15号だが、大雨に加え、久々の強風だった。昼過ぎから、翌早朝まで停電した。携帯電話も、基地局の関係か、圏外表示になり、災害時には使えないことが解った。水道のみが、使用でき、有り難かった。ろうそくは、危険で、かなりの注意が必要と思った。

さて、テレビ『砂の器』 であるが、町内会館での視聴は止めにした。使用日誌に、避難の為なんて書く訳には行かないのだ。実は、理由(わけ)有って、あまり見たくない、下のテレビで見る事にした。

二夜連続ということで、楽しめたのだが、テレビ版の時に見るのは、映画との違いである。もちろん、脚本という意味でだ。今回、前半は特に、原作に忠実な感じを受けた。

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2011年9月15日 (木)

電波難民、その後

電波難民となり、二ヶ月になろうとしている。
が、先日、見たい番組があった。

『砂の器』 である。過去に、幾度となく書いているが、私のベストワンの映画で、生涯、変わることはないと思う。確か、私の知る所では、昭和49年(1974)の封切り以来、テレビの地上波では、放送されなかった。CSの松竹チャンネルでは、よくやっていたようだが。

さて、この今回のテレビ版は、確か(これも、確か)、デジタル化される前に、放送されるはずだったようだ。

私のテレビは未対応だし、どうしようか?誰かに頼んで、DVDに記録する方法もあるが、以前の『大龍勢』 の件もあり、人は当てにならない。

近くの、町内会館には、二台も対応テレビがある。しかも、両方ともエアコン付きである。座布団と食べ物でも持って、見に行こうか、などと考えた。

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2011年8月12日 (金)

電波難民

テレビは、地上デジタル放送に替わってしまったが、我がテレビは以前のまま。周囲に、そのような声を聞く事はないが、皆、買い換えたり、チューナーを付けたりしているのだろうか?或いは、レコーダーを換えたりとか。

世間が、放送を見ている時、こちらは『燃えよ剣』 である。
中盤の四巻まで来ると、流れ、と言うか、作りに慣れて来る。土方のメイク、台詞回しがそうだ。最初から感じたが、『血風録』 とは、明らかに違う。違和感を覚える程ではないが、もう最後までこれで行くのだろう。

ところで、私が、デジタルに対応しないでいるのは、最初から何となく気乗りしなかったからだ。移行後は、これまで、過去に録り溜めたビデオテープや、DVDをゆっくり見よう、と思って来た。

曲を、繰り返し聞くのは、好きな部分があり、共感する所があるからだ。
ipodで、繰り返し聞いていると、「もう、いいや。この曲はカットしよう。」と、なって来るものがある。多くの場合、これらには、共通点がある。最初から、あまり好きでない部分があるのだ。何回も聞いていると、これらが気にならなくなる、或いは好きになって来る、と云うのも無いではないが、ほとんどはやっぱり嫌いだ、と云う方が圧倒的に多い。時間が無い時ならば、本当に好きな曲を聞きたい、となる。

これが、小説でも、映画、テレビドラマでも、やはり同じである。幾度もの読書、視聴に耐えられるものは、数少ない。こちらにも、当然、共通点があるのだ。

『燃えよ剣』 も、その中の一つであり、四巻には屈指の名作『近江の宿』 がある。

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