2008.2
2008年2月。
突然、・ ・ ・
『世帯主』 に、なった。
同時に、『喪主』 にも、なった。
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先日、PAを処分した。ミキサー、スピーカー(スタンド含む)のことだ。
これは、一つの思い切りである。
このPA装置、あまり使用していない。野外演奏のみ使用して、室内は生演奏が多かったからだ。
大きく重く、当然、保管にも場所を取るので、今年の年頭から、処分を考えていた。
しかし、待てよ、と思ったのが、例の『メンバー・一名事件』。
今から思えば、過去の事は、全て事件である。『事件』 と言う以上、良いことは一つも無かったのだが。(もう、はっきり、断言しても良いだろう。これまで書けなかった事も、全て洗い出し、反省として検討して行かなかったら、前には進めないと思う。)
この事件により、PA処分が少し遅れる、という結果になった。
しかし、もう必要ではなくなった。
さて次回は、話を戻そうと思う。2008年2月へ、タイムスリップする。
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本日で、四回目。この項の最終回としたい。
全くの、ミスマッチである。姿・形が違うことにより、双子とはすぐわからない。
一人は、素顔の高校生。もう一人は、舞妓さん姿のまま。しかも、形が決まっている。左手で裾を掴み、右手はマイクに添える。
肝心の歌の方は、初めてにも拘わらず、コーラスが決まっている。(それも、『ザ・ピーナッツ』 を彷彿とさせる、大サービスだ。)
思わぬ展開に、別のライブ歌手に向かったお客さんが、再び戻って来る。
最高の盛り上がりで、終了。「アンコール」 の大合唱に、答える二人。
「だんだん。」(ありがとう、の感謝の意)
「おおきに。」
ここでまた、恒例の余談だが、グルーポ カーニャ は、アンコールをやらないグループだった。と言うより、声が掛からなかったのだが、一度だけ、例外がある。
ある病院で、演奏途中に、入所者さんを連れて、入って来た看護婦さんから、終了直後、「『コンドルは飛んで行く』 を、もう一回やって下さい。」 と、声が掛かった。この頃は、この曲、三曲目に演奏していた。今から、五年ほど前の事だ。確か、出来は、一度目の方が良かったと記憶している。
さて、話を戻す。
二人のデュエットから、アンコールまでは、『若大将』 と同じと言って良い。だが、この後、再び引っくり返す。
二人は当然、気持ち良く歌えた事を、確認し合う。が、ここで、昼間の「誕生日の一件」 から、微妙な心の擦れ違いが生ずる。
連絡先を交換し合うのだが、舞妓さんの『夢花』 が、
「もう、逢わん方がええんどす。」 と、言い切り、逃げるように去る。
演奏に加わる部分は、かなり詳しく、実況並に書いた。(小説や、脚本はこうだろう。)
引き替え、歌っている部分と、別れの部分は、省略した。見なかった方にも、理解してもらえただろうか。
これから、半年続くのだから、この後もデュエットシ-ンは、あるはずだ。が、ここが屈指の名場面のような気がする。それぞれの思惑と、『夢花』 の揺れ動く気持ちが、うまく表現されている。
隣で、『ココロ』 は、
「感動しました。もう、八回も見てしまいました。」 と、言っている。
私は、と言うと、
「歌いたいな。」 と、思う。
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『だんだん』 の、三回目。いよいよ、名場面である。
(注 ) 以下は前回同様、番組HPのあらすじや、関連本からの引用ではありません。筆者独自の視点からの書下ろし(オリジナル)で、舞妓(夢花)の側から書いています。
仕事を終えての帰り。タクシーの中。ふと、『赤いスイートピー』 を口ずさむ。(伏線になっている。)そう言えば、誕生日も同じそっくりさん(実は、この時点で、八割方、双子と確信している。)が、松江城でライブをやると言っていた。何か、胸騒ぎが。仲間の一行と別れ、急ぎ掛け着ける。タクシー内の窓ガラスに、映る顔。(顔二つで、これも、双子を暗示している。)
本丸に着くと、響く歌声。しかし、大勢の客で盛り上がっているのは、別のライブ歌手。隣を見ると、そっくりさん他二名のバンドの前には、疎らな客。明らかに、劣勢である。それでも、必死に応援する、同級生と近所の中年男性、を含む数名。
(ドラマでは、ライブ対決という事になっている。何かこの場面、『グルーポ カーニャ』 を見ているようで、切なくなってくる。人数も同じ、三人。余談だが、過去、同じような場面があった。こんな時は、「丁寧、冷静に、なお且つ音を大きく、必死に。」 という、相反する姿勢で演奏して来た。)
「では、最後の曲、『赤いスイートピー』 です。」 と言って歌い出す、そっくりさん。「先輩、もう限界です。」 と、もう一名に呟くギター奏者。
曲名を聞き、「ハッ」としながらも(これで、完全に、双子と確信する。)、何かに引かれるかのように、すうーっと前に出る。驚く、メンバー。演奏は、一時中断。すかさず、舞妓流のお辞儀。それに呼応し、メンバーはヴォーカルの位置を譲る。
マイクの高さを合わせ、流し目で、演奏再開を促す。(さあ、行きますえ。始めとくれやす。)じっと見守る、数名の観客。
この場面、何とも不思議である。このようなシーン、初めて見た。
『若大将シリーズ』 なら、明るく 「さあ、みんな、行こうぜ。」 だが、
こちらは違う。
つづく。
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さて、第六回(一週目の最終日)にして、早くも名場面である。それも、屈指の名場面。
やはり、内容を紹介しないと、見ていない方には、理解できないのではないかと思う。しかし、著作権上の問題もあり、最低限に要約したい。
幼少時に別れた、双子の姉妹。
片や、松江のミュージシャン志願の高校生。もう一人は、祇園の舞妓。こちらに仕事が入り、松江に出張。出雲大社にて、二人は遭遇する。
そっくりに驚き、誕生日を確認。舞妓の方がわざと、違う日を言うが、心では、確信し始める。
高校生は、「今夜、松江城にて、ライブがあるから」 と誘う。
これだけでは、説明不充分で、もう一つ。二人には、キーワードがある。
『赤いスイートピー』 という、母親が歌っていた子守唄。
一方はバンドのレパートリーとして、もう一方は日頃から口ずさんでいた。
ここまでが、第五回までの要約。こうして、書いていても、盛り上がって来るのだ。
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あまりに、暗い話が続いている。
『鬼平犯科帳』 の、『本所桜屋敷』 は名作であるが、舞台を観て、やり切れなさを感じた話は、以前に書いた。(観たのは、十年前、フォルクローレを始める少し前だった。)
しかし、やり切れない内容にも拘わらず、アクセス数が増えているのだ。私が読者の立場なら、
「演奏は、どうした?」 と、声を掛けたい。その問いに自身で答えると、
「今少し、もう少し、・ ・ ・ 」 となる。
気分転換に、別の話題を書いてみたい。
NHK朝の連続テレビ小説「だんだん」。
これは、再会した双子の姉妹が、デュオの歌手の道を歩んで行く、お話である(らしい)。
双子の歌手と言えば、『こまどり姉妹』 『ザ・ピーナッツ』 である。
『リリーズ』 は、この前、ココロが歌っていた「好きよキャプテン」 が、良い曲で、私も好きな歌だった。
が、ここは、『ザ・ピーナッツ』 である。
私は、フォークコーラスを、追究して来たが、「究極のコーラスは?」、ということで、結局行き着いたのは『ザ・ピーナッツ』 であった。
解散後二十年を経て、めぐり合ったのだが、この話、連載でいつか書きたい。
このような経緯で、このドラマ、どうしても見たくなった。
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さて、激動の2008年がスタートした。
迷いに迷い、散々悩んだ挙句、メンバーに切り出した。
「これまでのような練習では、もう通用しない。ここまで言いたくはないが、進歩の跡は見られないし、身に付いて行かない。もっと、練習をやって欲しい。もし、できないようなら、一人で自分の道を行くしかない。」
今、振り返ってみても、かなりな発言である。ココロが言うように、過激である。そして裏を返せば、『引退勧告』 である。私自身も、覚悟をしたのだ。
そして、練習の傍ら、そちらの情報を集めたり、本を読んだりしていた。女声で歌わせる、『初音ミク』 と言うソフトは、昨年から知ってはいたが、勉強しようと本も買い込んだ。
しかし、この時の返事は、「まだ、やりたい」 というものだった。
私も、一応は安心し、二件ばかり演奏を入れた。
ところが、最大のアクシデントが待っていた。
頃は二月半ば、桜にはまだ少し早い季節を迎えていた。
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こうして書いていると、もうずっと昔のような気もするし、また最近の事のような気もする。実際は、九ヶ月前の事。この辺り、書いた部分もあるし、書けなかったものもある。当時はまだ、書けなかったのだが。
この日記には、最初から一貫していることがある。それは、メンバーについての記事が無い事。これは、今だから言えるのだが、『書きようがない』 或いは、『書くべきものがなかった』からで、前面に出せなかったのだ。
もう、これ以上は書けない。意識の低さを、露呈するだけである。以前から、そう思いながらも、(演奏を、背負っている以上・・・)と、何とか折り合いを付けて来た。カバーして来た。しかし、二人になっては、もう限界である。
この話は、まだ1月のこと。まだまだ、続いて行く。
ココロ談
「なかなか出られなかったのですが、つい出てしまいました。
最近、過激になって来ましたねぇ。
でもまだ、グループは正式には解散していなかったはずですよね。
実はわたし、一度演奏を見に行くのを、楽しみにしていたんですけど。」
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