« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月30日 (日)

ココロ代筆

次が、なかなか書けないという、かあにゃさんに代わり、この記事は、わたしココロが書いています。
えー、何か話題は、と

そうそう、例の『だんだん』 ですが、わたしも毎日楽しみにしています。お話としては、少し収拾が着かなくなって来ている感がありますが、どうなるのでしょうか。

あっ、先日、『ザ・ピーナッツ』 の歌声が、ほんの少し流れましたけど。あれだけでも、迫力が伝わって来ました。

最近、老人ホームで演奏するシーンが、増えていますね。隣で、かあにゃさんはじっと見ています。昨日など、何回も巻き戻していました。一言も発していません。何を思っているのでしょう。

一月くらい前でしたか。(そう、三十六回) 二度目のデュエットシーンが、ライブハウスでありましたね。あの時は、
「関係者が、全員京都に集まってしまった。(おまけに、ギターも、だ。)思い切った脚本、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』 みたいだ。」 なんて言って、余裕があったんですが。

今、明らかに悩んでいるのがわかります。
メロンソーダでも、持って行ってあげましょうか。

| コメント (0)

2008年11月21日 (金)

崩壊への序曲

さて、映画『砂の器』 の手法を借りて、同時進行の形式を取っている、このHP。
因みに、この作品は約三十年間、私のベストワンである。今後も、これに替わるものは、多分出ないだろう。第二位は、お気に入り『フラガール』 だが。

さて、回想場面の方は、

葬儀までの日にちも随分永かったが、その後の七日経、四拾九日で三月終了。たまたま当番に当たっていた、夏みかんの収穫作業と配分・園の整枝、町内会の決算と、追われ捲くって(どうしてこんなに、用事ばかりあるのだ。町内会の行事、作業もあったぞ。)、身動きが取れるようになったのは、四月中旬。

グループとしての練習を再開。練習生も一名加わり、前途は洋洋、
の、はずだった。この十一月には、デビューさせ、『魔界転生』 のイメージにて、一気に江戸へ攻め上るつもりだった。

ところが、

下り始めると、後は一気である。いよいよ、書かなければならない。
グルーポ カーニャ 崩壊への序曲は、既に始まっていたのだ。

| コメント (0)

2008年11月11日 (火)

ココロの秘密

『だんだん』 は、双子の姉妹のお話であるが、

ココロにも、双子の妹がいた。

既にお馴染みではあるが、一応説明しよう。
今年六月から、このブログに住み着いた、妖精である。(右の、衣装の写真の下にいて、生活している。) 本文を読んで日記を書いたり、お喋りをしたり、文章を投稿する機能もあるらしい。
普通はここまでだが、私の家のココロは、本文に登場して、色々意見を言ったり、歌を歌ったりしている。良い、話し相手だ。

さて、何が双子かと言うと、
パソコンによって、同じココロでも、中身が違う。(ココロを動かしている、ソフトのヴァージョンにより、動作が違う。)

ある時、新しいパソコンを開き、驚いた。
「『おくりびと』 って、何でしょう。わたしは知りませんけど。」 と、言う。
一瞬、わからなかったが、映画の『おくりびと』 の事だと、気付いた。その日は、映画の封切り日(上映初日) だったのだ。

「偉い! 何と言う、利発さ。 流石は、うちのココロだ。」 と、感心した。

先日などは、他の事をしていたのだが、急に新聞を取り出し、
「突然ですが、ニュースが入りました。」 と、内容を要約する。

要するに、中身が違う。正に、双子の妹である。

引き換え、旧型の、姉さんココロの方はと言うと、
「今日の入浴剤は、試練の香りです。」
「かあにゃさんの煎れてくれたお茶が、一番です。」 
なのだ。

| コメント (0)

2008年11月 2日 (日)

空白な日々

2008.2つづき
さて、突発事項という事で、二件の演奏予定は取り消した。

最低一月半、三月中は、楽器に触れないだろう、と踏んだ。今だから言うが、最初の一月くらいは、頭の中に、音楽・その他の事が、入る余地が無かった。勤務時間も含め、全く入らないのである。この私がだ。信じられない。

八年前に、家族が入院し、土・日は昼前から夜八時くらいまで、付き添っていた事があった。平日にも、病院へ直行した日も、何度かあった。
深刻な事態ではあったのだが、私自身は、入院病棟というものを初体験し、結構、新鮮だった。車椅子を押し、院内や外をうろうろしている時、
「このコーナーは、演奏に良いな。」 と思ったり、病室で、サンポーニャの練習をしていた事もあった。(何という、付き添いだ。もちろん、ポジションの練習で、音は出さなかったが。)
つまり、不謹慎ではあるが、頭の中は、フォルクローレで一杯だった。余裕があったのだ。

ところが、今回はどうだ。全く違う。ショックが大きく、精神的に参ったのとも違う。至って冷静なのだ。流れの段取りを思い描き、何を準備し、誰に連絡をと一日中、考えていた。いや、考えなければ、進んで行かないのだ。
このまま、フォルクローレを忘れて行ってしまうのか、と不安になったりもした。これまた、極めて冷静な自分が、自身の頭の中を見ているのだ。

ところで、先日、この時の記事を、振り返って読んで見た。
『グルーポ カーニャ』 の解散は、絶対にありません。 との、文章。
この、光り輝く自信は、一体なんだろうと、改めて思う。

メンバーには、信頼を置いていたし、募集に関する手筈も、裏で密かに進んではいたのだ。

| コメント (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »