『第一巻』の終わり
2008年は、文字通り、最悪の年だった。
身辺では、その時が数年早く訪れてしまった。大晦日の本日31日、先程までみかん切りと、お墓の掃除で終わった。家や土地、農地を背負ってというより、縛り付けられている、という方が正しい。毎日が、これらの呪縛との戦いである。「これで良いのだろうか?」 と、自問自答の日々を過ごしている。
加えて、音楽活動の崩壊である。去って行ったメンバーたち。彼ら彼女らは、一体何を思っていたのだろうか。グループって、一体何だったんだろう。
音楽は過去、私には幸せを運んでは来なかった、と以前に書いた。今回も、やはりそうだった。メンバーという他人を、信頼する事は出来ないのだろうか。四十代、五十代の中高年が、音楽をやるのである。普通に考えれば、レベルなんて上がる訳がないのだ。相当な意識、決意を持たない限り、スタートラインにさえ、立つことも出来ない。
私は、「温度差」 という言葉が、嫌いである。全部が全部そうだとは言えないが、大抵はやる気のない側が、この言葉を使う。しかも、言い訳として。かって、志太二市二町合併の時もそうだった。一市一町の首長が、言っていたように記憶している。
「自分は、やる気がない。」 というなら良い。しかし、
「温度差がある。」 と言う。これは、おかしいのだ。考えに個人差があるのは致し方ないが、その場合、高い方に合わせなくては維持できないのは、当然である。
もし、演奏活動を二月に一回にしたらどうなる? 家で、個人練習を全くやらなかったならどうなる? 個人の生活を最優先にして、余った部分でフォルクローレをやる、としたら一体どうなるのだ?
以前に書いて来た意見は、代表(リーダー)としての考えである。多少、まあまあと言う感じで言って来た。しかし、私個人の意見は、当然もっと厳しい。これは、当たり前の事だ。
趣味という余暇活動だって、全力でやらなければ、成功するはずがないのだ。昔、『スクール・ウォーズ』 というドラマで、主人公の高校教師は、こう言っている。
「お前たちの仕事は、勉強だ。ラグビーは遊びだ。遊びも全力でやらない者が、仕事も全力でできるはずがない。」
全く、その通りだ。
長くなってしまったが、『グルーポ カーニャ』 というグループは、残念ながら、失敗である。去って行ったメンバー達の、意識を上げることは出来なかった。これを疎かにして、レベルアップなど到底不可能だ。八年間、メンバーに振り回されて終わった。
来年2009年からは、一人でやります。思い入れのある曲だって、全力でぶつけたい。小さい頃から好きだった歌だって、歌いたい。コーラスパートも、ずっと自分なりに取り組んで来た。
ここで、舞台から降りる訳には行かない。
何時の日か、同志と呼べる人にも、出会うかもしれない。
本日を持ちまして、『第一巻の終わり』 と致します。
読者の皆様には、長い間のご愛読、本当にありがとうございました。いよいよ、試練の『第二巻』 が、始まります。今後とも、ご愛読、ご支援、ココロ共々よろしくお願い致します。良いお年を、お迎え下さい。
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